
夏 目 漱 石も好きだったらしい
『空也のモナカ』時々、東京のお友達から送って頂きます。
ほぼかならず京都の一保堂のお茶と一緒にいただきます〜
むちゃ うまッッ上手さの説明をしますと、普通の良く食べるタイプの
まんじゅうあんこよりも、あれ?甘くない?・・・・
と、一瞬おもうのですが、よくよく味わうと 《甘みが滑らかで優しい》
こーいう味の経験は大体、素材の味を試すときによくあることで、
どうも私達がよくクチにするものは、素材の味を誇張する加工が
されているようで、もっと濃い味がするはず・・・と違和感を持ったときに
その《薄味》の中にある《うまみ》に気づくことが多い。
それと同じで、空也のモナカも甘みは少ないのですが、味わうと
優しい甘さで、されは控えめというのではなくって まろやかで、
どんなお砂糖をつかっているかは知りませんが、
やたらと加工した味ではないのを実感できます。
《本物》というのは何を基準にするか、よくわからないのですが
いえることは
《ウソくさくない》というのは絶対にあります。
量産・大量消費時代には、伝統もスピードに追いつかなくて
商売成り立たず、箇所箇所に
《本来》を崩した《うそ味》が付いてくるのが
時代的にしかたないように思います
。(貧困な時代も同じでしょうが)モノが有り余っていてる時代に《本物》ってないような気さえしてくるし、
とりあえずわかることは、他とは違う・・・《うそ》臭くない。。。。
というレベルでしか言い切れない。
老舗には申し訳ないけど、周りがそーいう時代になってしまっているようで。
《嘘味》でないと『あら、なんか違う!?』って気づかれるわけで
やっぱり、最近の味
はどこも似たようなものが常駐していると
いうことなんでしょうね。そして、
化学知恵のつきすぎた時代、
本物!と言い切りたいのですが、嘘がマコトの常識という世の中では、
本物!と中々いえないのですね
。。。。(化学が嘘という定義も賛否アリマスケドw)何よりも、本物らしいモノは実感してみて初めて他との差を知る
ことができ、他の同類分を、また違うジャンルへと整理できるんですよね〜
だから、『違う』ものを食べる(触れる)のは価値が高いと思う。
舌が肥えれば損するという考え方もあるけど、いつも手が届かなくても
《嘘味》と《たぶん本物風味》は知っておいて損はなく、それはモノを買う消費者としての理解の幅を肥やすことで、
食品温床への改善につながると思うんです。
私はちゃんとした畑をつくったことはありませんが、植物を扱う仕事をしていて
《なま物商売》が、かなり大変だということを知りました〜
何故、偽装事件が起きるのか・・・・一概に《カネ》の為に起きた事・・・・・
と片付けるのは早すぎると思います。
この
資本主義経済の世紀末(?)においてでも、《なま物商売》の現場を
知らずして、マトモな論議は無理な気がします。最近の漁獲問題がわかりやすいですが、養殖できる魚もいれば
できない生き物もたくさん居ます。ほとんど自然発生的な状況でしか
商品が得られないのが《なま物商売》の多くです。
話は飛躍しますが、
国民数の減少(地球規模では拡大)も《なま物》的。待遇政策で、子供の数がふえるといっても『製造』する領域ではなく、
自然発生の領域だと思う。(クローンに足をふみいれた人類は何をしだす気だ)
少子化がすぐに改善することがないと、誰もがイメージできるように
食べ物も急に食べたければ手に入るものだと勘違いしないことが大事だと・・・
それが根底にないと、話合いは『好き勝手』となりそうな気がする。
モナカ一個で、こんなに語ってどーする気だ?w思いつつも、モナカを食べた時の価値を書きたかった。。。。。
私は食べ物の
好き嫌いがむちゃ多くて、その上、小食で残しまくる。。。。サイテーな生き方をしていますが、好みだけではなく体質上なかなか改善
できない部分での 《無駄な消費》に 無頓着ではないんです。
私は食べれない方の考え方なんですが、同じく、ダイエットをする人達も
《自然発生物》 としての考え方を持てば、
むちゃ喰いとか思い直せるんじゃないかと思う。
資源を食い尽くすことで太るし、世の中悪くなる・・・いい事ない。
美しくなって玉の輿とかできない!・・・・とか何とか・・・・www
ダイエット食品とかいらないと思いますw
痩せ過ぎは食べて、太りすぎは食べなきゃいい。
医学的に言ったらそーいうのではすまない体質もあるとか説教されそうですが、
心の治療を野放しにしている医療に言われたくないです。
(全部とはいいませんが社会の流れとして)もちろん、量産品を作って捨てる世の中で、
私がたべなきゃゴミになるのよ!って、もっともな事で
世界が助かる、理の通った言い分もありますが〜
そこまでして喰いたいか?政府は物価を操るために、食べ物をゴミにして捨てているわけで。
別にアナタが食べても食べなくても大きくは変わらない。
それよりも・・・消費者が消費を減らすことで、企業は談合か偽装か、商品の改善を迫られます。※栄養をないものを食べて病気になって薬飲むのは、
闇資本主義に大貢献しているのでヤバイと思いますwww多くは《嘘》に走るでしょうが、根性がそーいうのがイヤだという
社長とかリーダーも居ます。そーいう人達の誠意を無駄にしないのは、消費者側。
そーいう人達が作る、《なるべく嘘の少ない》商品を嗅ぎ分けれず、
評価できない消費者だったら、もう作る側も食べる側も
ブタ飯でもいいレベルに行くしかないわけです。(サイクルが悪すぎる)
だから、
たまにはイイもんも食べなきゃいけないと思う。
高級だからってホンモノでない時代
(まぁ、いつの時代もですがw)だけど、
それなりに こだわっている 商品もある。それを感じる感覚だけは、鈍らせちゃいけないと思う。
『鈍感力』って本が売れてましたが、生きるためには強さはりれますが、
鈍い事は一番強いのですが、
最終的に『迷惑』です。色々な意味で。いつも繊細でいる必要はないけど、
鈍いことに開き直ったら救いようがない。人を踏み台にして生きることはできるけど、それって人間じゃない感じです。
資本主義は弱肉強食ですが、砂漠の真ん中で、金は水に変わらない。
金を積んでも南極の氷は戻せない。
人の心はカネで買える世の中ですがw案外、美味い饅頭って金を出しても食べれないモノに近いンですよね。
予算があってもいい映画ができるわけじゃないとか・・・そーいう領域。
ニンゲンの繊細な感覚でしか作り出せないモノがある。
鈍いのは強いけど、強いだけ。
空也のモナカは、私の栄養源デスネ。